日本を助けたおくりもの ララ物資にみる海外日系人との絆
第二次世界大戦終戦直後の荒廃した日本では、食料や衣料をはじめとする生活必需品を手に入れるのが大変でした。そんなすべてのものが不足していた時代に、海外のララという団体から、たくさんの支援物資が届いたことをご存知ですか。ララから届いた支援物資はララ物資とよばれ、1946年から52年までに、ミルク類、穀物、缶詰、バターやジャムなどの食料品をはじめ、衣類、医薬品、靴、石けん、学用品のほか、乳牛やヤギなどが届けられました。
その総額は、今のお金で400億円を超え、そのうちの20パーセントが、日本を救おうと立ち上がった北米、ブラジル、アルゼンチンなど海外在住の日本人、日系人からの善意のおくりものでした。
新港地区海上保安庁のゲート前に、香淳皇后(昭和天皇妃)がララ物資への感謝を詠んだつぎの御歌の記念碑があります。
「ララの品 つまれたるを見て とつ国のあつき心に 涙こほしつ」      注)とつ国=外つ国=外国
「あたたかき とつ国人のこころつくし ゆめなわすれそ 時はへぬとも」
ララとは“Licensed Agencies for Relief in Asia”(アジア救済公認団体)略称LARAのことです。